PoipOipoN

ウルトラハイパー雑記ブログ。

25歳文系ニートゲーマーがフロントエンジニアを目指す話 0話

 

 筆者の履歴書

  • 大阪の南の方の出身
  • 地元の底辺高校卒業
  • 卒業後一年制公務員専門学校に通う
  • 死にもの狂いで勉強し、内定を貰うが一年間で公務員の職務内容を詳しく知り、思うところがあったため親の反対を押し切り辞退。
  • 卒業後すぐハローワークに行き、適当に見つけた土木関係の現場仕事に就く。試用期間が終わったのち、すぐに引っ越しして職場近くに住み一人暮らしを開始する。
  • 特に技術や資格を手に入れるわけもなく、三年間勤めたのち、退職金6万円を貰い退職。
  • 退職後今までのブラック企業で務めていた反動で何もやる気が起きず、8ヶ月間今までの貯金を切り崩しながらニートを満喫。
  • 年を越す前に働くことを決意し、派遣に行きながら正社員を探す。特に履歴書に書けることもなかったが、三年間ブラック企業で頑張ったことが評価され上場企業に入社することに成功。当時は前よりましな会社ならなんでもいいと思っていた。
  • 一般的に大企業に分類される会社に技術職として採用され、家から割と近い営業所に配属され、一か月間の研修を終えたのち、その9か月後に退職。
  • 退職後貯金で細々と暮らしながら節約術に目覚め、もともと料理ができることが幸いし、節約生活にのめり込む。
  • 自分はやりたいことしかできないことに気づき、さらにやりたい事の中でも自分の興味が尽きないものでないと継続できないダメ人間だったことに25歳にして気づく。それなら自分が続けたいと思えるようなことをとことん探してやろうと心に決め現在興味があることにはなんでも挑戦している最中。ブログもその一環である。
  • 現在は適当にお金がなったら派遣に行くというニート生活

とくに資格も技術もない何の変哲もない一般人

世間一般的に言われている「ギャル」が多い公立高校が家から近く、中学生のお盛んな時期に毎日ギャルの通学を眺めていた結果「この高校に進学して、俺はハーレム王になる!」とブサイクな面をしている事を忘れ、間違った方向に決意。無事に大阪の高校の中でも底辺高校に進学。高校三年生の頃に進学するか就職を考え、底辺会社か底辺大学にしか行けないことに気づき悩んでいると、進路相談で「お~〇ら、お~〇ら、本気になったら、〇~はら」の説明をされ、そこまで本気になってもないのに入学を決意。

進学後公務員が自分でも勉強すれば高確率で受かることを知り、興味がそそられた職業があったこともあり頑張る。興味がそそられた職業というのが、国家公務員の税務署で税務署で経験を積んで将来は税理士として独立して金持ちになるんだ!と当時は息巻いていた。今思えば人生で一番やる気に満ち溢れていたかもしれない。

本命の税務署試験が確か9月頃だったためそれまでに経験を積むために、幾千もの公務員試験に応募。9月ごろには歴戦の戦士となり本命試験に万全の状態で臨む。その間に1次試験はもちろんのこと2次試験を突破したものや内定寸前のものなどあったが、1次試験の経験を積みたかったため、2次試験や最終面接を犠牲にした。面接には絶大な自信をもっていたためとにかく税務署試験に向けて努力を続けた。

ちなみに公務員の専門学校では強制的に応募させられ試験にめちゃくちゃ行かされる。最初は問題もまったく解けないが徐々に慣れて誰でも一次試験を突破できるようになってくる。

肝心の試験後帰りの電車で自己採点をした結果、確実に合格しているだろうと満足していたが無事に不合格。ショックすぎて覚えていないが多分凡ミスをしたんだろう。公務員の一年コースのクラスが当時は40人ぐらいが2クラスあり、その中でも9月ごろには上位5位には入るぐらいで優秀だったと自負していたが、自分よりアホな生徒が受かって自分が受からないことに公務員試験の理不尽さ痛感した。選択問題のため運次第では1次試験を突破できるので仕方のないことではあるのだが。彼女のことは一生忘れない。あのニチャアとしたドヤ顔は絶対に忘れない。

その後の試験は受験できるものは受験して、日程が被ったものは倍率が低いものや内定が近いものを優先して受験していき、3つほど内定を貰ったが最終的にはすべて辞退。公務員試験は倍率の低い試験を狙えば割と簡単に内定を貰うことができる。高校受験と同じで倍率の低いところを狙えばいいだけである。田舎の市役所とか消防署とか。

ここまでが学生時代の思い出である。

とにかく社会人を経験してみたかっただけの社畜生活

明確な社畜指標があればそこまで酷い部類には入らないだろうが、一応は社畜だったと自負している。

「〇~はら〇~はら本気になったらry」を卒業後3月の終わりごろにハローワークに行き時間がなかったこともあり、適当に現場系の会社に無事就職。

入社初日に、定時に帰っていいと言われたので言われたとおりに帰ろうとした結果、勉強もせずにもう帰るのかと嫌味を言われたことにより、社会はここまで厳しいのかと痛感する。

その後なんだかんだと頑張り評価されそれなりに期待されていたが、朝が早すぎることに苦痛を感じ、人間関係は良好だったが退職を決意。資格が実務経験が5年とか必要なものが多くなにも手元には残っていないが、多くのいろいろな経験を積むことができたので個人的には満足している。

一番の思い出は朝が早すぎたこともあり、ある日寝坊したときに、上司が家の中に入ってきて起こされるということがあった。枕もとで「おい!起きろ」と言われ飛び起きるというのはこういうことなのかと理解した。「いい部屋やん。そこのセブイレで待っとくわ」といって何も咎めずに出て行った上司は今でもイケメンだったと思う。家に勝手に入ってくるのも凄いと思うが、多分面白半分でやったんだろうと思う。

退職後FF14の拡張パックの発売が近かったこともあり、ゲームに本気を出す。それから年明けまでニートを満喫し年越し後すぐに人生で2社目の上場企業に入社。入社理由は仕事内容が面白そうだったのと、前の会社みたいに朝は早くなく、休日出勤も残業もほとんどないと面接で言っていたので信用し入社。たいした学歴もないが、前職の社畜経験が評価された。筆記試験はあまりよくなかったが、IQテスト的なもの?の成績がかなり良かったらしい。

仕事内容は自社製品のメンテナンスと修理業務。サービスエンジニアと呼ばれる職業だった。法人相手でこちらの営業が弱いこともあり、他社製品をみたり、時間や日を無視して強制的に呼ばれることもあった。残業や休日出勤がないという話は嘘でブラックだった。ちなみに前職より給料もかなり少なく、正直速攻辞めてやろうと思った。

入社後一ヶ月間工場でがっつり研修を行い自社製品の修理方法を叩きこまれる。営業所に戻り次第1人立ちし、基本的に一人で修理巡りをするので、一人の時間はかなり多かった。遅い時間まで修理をしている事もあったが、見積作成や道具や部品手配、外注手配、客先訪問のアポ取りなど事務作業に時間をとられることもあり、勤務時間が日を跨ぐこともよくあった。これで給料が多ければ満足できたんだろうがそんなこともなく、見なし残業制を採用していたため残業代もほとんどでなかった。休日出勤の時も一日7000円という最低賃金を無視したとんでも金額だった。そんなこんなで一年を待たずに退職を決意。

フロントエンジニア目指そうと思った理由

もともとプログラミングに興味があり、やりたいやりたいと思うだけで全く実行できずに何年もたってしまったが、現役フロントエンジニアの友人がいろいろ教えてくれそうなのでニートは時間が有り余っているので挑戦することを決意。他にもWebページを自分で作ってみたいととかいろいろ野望はあるがアウトプットのために今回ブログに記事として勉強したことを書いていくことを決意。

まず最初にフロントエンジニアがそもそもよくわかっていないのでその辺の勉強を始め、HTML、CSS、JavaScriptの勉強を徐々にやっていこうと思う。ブログに書くことで頭の良い人たちから馬鹿でも理解できるようにアドバイスがもらえるのでは、というような安易な考えも持ち合わせている。

0話まとめ

今後続くかどうかは分からないが、この記事を読んでくれた現役エンジニアがいるならいろいろ教えてくれたらありがたいです。ではよしなに